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東京高等裁判所 平成9年(う)1604号

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成九年八月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官増田暢也出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金田英一、同寺本吉男及び大森恒太連名の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用するが、要するに、被告人を罰金三二〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで検討するに、本件は、被告人が「パステル福田商店」の名称で経営する婦人服販売業に関し、経理全般を統括する金井徳次郎(以下、「金井」という)が、売上の一部を除外し、仕入や給料賃金等について架空経費を計上するなどして所得税三年分合計一億四一七一万円余を虚偽過少申告により逋脱したものであって、逋脱額は多額であり、逋脱率も約八五・二パーセントと高率である。その手口も、粗利益率や所得率が前年並みになるよう経理操作するなど巧妙である。

所論は、被告人は「パステル福田商店」の形式的な事業主に過ぎず、実質的な経営者は金井である旨主張するが、同店は、被告人が以前勤務していた会社で身に付けたアクセサリーのデザイン、加工、販売の技術を生かすため、昭和五〇年ころ独立して開業した事業を前身として、昭和五七年ころ被告人の個人経営の形で開業したものであり、その開業資金も被告人の個人資金で賄われたこと、金井は、自己が経営する会社が倒産した平成二年四月までは同店の経理面を手伝っていたに過ぎず、倒産後は同店の営業及び経理に本格的に携わり、被告人の元夫で離婚後も内縁の夫である関係から被告人に実質上経営を委せられるようになり、被告人は婦人服のデザイン、商品管理に専念するようになったものの、独断で同店の財産の管理や処分をする立場にはなく、折目には被告人に相談していたこと、同店がビル所有者との間で締結した出店契約書、デパートとの催事販売に関して取り交わした同意書、同店が作成した営業案内にはいずれも被告人が同店の代表者として表示されていること、同店の催事販売及び店頭販売の売上は、手形で支払われる分を除いていずれも金融機関に設けられた被告人名義の普通預金口座に入金されていたこと、被告人及び金井は、いずれも、検察官の取調べにおいて被告人が同店の経営者であることを一致して認め、原審公判廷においてもその供述を維持していたことからすれば、被告人が同店の営業の主体であり、被告人にその所得が帰属することは明らかというべきである。

また、所論は、被告人が金井を信用しており、逋脱行為に及ぶことを予見することは極めて困難であったことから、被告人には予見可能性がなく、選任、監督上の注意義務をこれに課すのは酷である旨主張するが、被告人は、同店の営業の主体であって、その所得について税の申告をする責任者であるにもかかわらず、金井に経理処理を任せきりにし、確定申告書の点検も、署名押印も一切しておらず、そのため本件に立ち至ったのであるから、被告人の過失は大きいというべきである。

さらに、所論は、金井は国税調査官の利益誘導に基づき自白を強いられたのであり、その調査は憲法三八条二項、ひいては同法三一条の適正手続保障を侵害する疑いがあるのに、この点を全く配慮していない原判決は誤っていると主張するが、金井は、原審公判廷において、「国税局での税務調査及び検察庁での取調べは、ありのままを正直に話した。」旨供述している上、同人の供述は、被告人その他関係者の供述等の関係証拠とも一致しており、違法な利益誘導があったことを窺わせる事情は存しない。

そうすると、本件後に修正申告がされて、本税については全額納付され、延滞税及び加算税についても原審及び当審段階で一部分割納付されており、今後も分割により納付される予定であること、被告人が事実を認めて反省しており、前科もないことなどを十分考慮しても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文とおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 平谷正弘 裁判官 杉山愼治)

平成九年(う)第一六〇四号

控訴趣意書(一)

罪名 所得税法違反 被告人 福田世紀

右の者に対する頭書被告事件につき、平成九年八月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の理由は、左記のとおり決定する。

平成九年一一月一三日

右弁護人 金井英一

同 寺本吉男

同 大森恒太

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

第一 本件でまず問題となるのは、被告人が事業主として金井徳次郎(以下「金井」という)の選任、監督その他本件違反行為を防止するに必要な注意を尽くしたか否かである。

一 被告人の生活環境

1 被告人は、昭和四三年の夏ころから、東京都中央区の三幸物産株式会社(以下「三幸物産」という)というデパートでアクセサリーの小売りをしていた会社で働くようになり、商品のデザインを担当していた。

2 被告人は、昭和五〇年春ころ、三幸物産を退職し、東京都町田市内で、小さな家具・オルゴール・アクセサリー等の販売を始めた。

しかし、場所が悪かったため、ブティックセキは売上が思わしくなかったので、昭和五七年ころ、ブティックセキを閉店し、代わりに世田谷区北沢のマルシェ下北沢ビルで「パステル福田商店」の屋号で、婦人服・アクセサリー等の販売を始めた。

加えて、デパートが主催する催事場で婦人服を販売するいわゆる催事販売業務を行ないだした。催事販売は、当初、韓国で縫製した婦人服を広島・高松といった地方のデパートで販売していたが、昭和六二年以降、金井徳次郎(以下「金井」という)が大々的に営業活動を行ない、東京を中心とする全国各地のデパートで催事販売をするようになり、現在に至っている。

二 被告人の事業主性について

1 被告人は、形式的外形的には個人企業であるパステル福田商店の事業主であるため、例えば、取引先とは被告人名義で契約をし、預金通帳は被告人名義で作成し、税務申告は被告人名義で行なっている。

しかし、パステル福田商店の実質的な経営者は金井である。

パステル福田商店の事業主が金井であれば、本件は当然金井一人の犯罪ということになる。何故なら、本件逋脱行為が金井によって行なわれたことは明らかであり、被告人が本件逋脱行為に全く関与していないに争いがないからである。

以下、事業主は誰かということについて検討する。

2 まず、被告人本人の認識を検討する。

(1) この点について、注目すべきことは、被告人の平成八年一二月九日付の検察官に対する供述調書(三丁)の冒頭で、被告人は「私は、今回の脱税に関して国税局の調査を受けた最初のころ、パステル福田商店の経営者は私ではなく夫の金井徳次郎であると言っていました」と供述している点である。

この供述からすると、被告人は、日頃常にパステル福田商店の経営者は金井であると認識していたことは明らかである。

(2) この供述が、検察官の取り調べを経て最終的に、「私がパステルの経営者であり、夫は、パステルの経理と営業を担当してくれ、私の事業を手伝ってくれていたのでした」と変遷しているのである(同調書四頁七行目)。

このようなに変遷の結果と見られる他の供述は、被告人の同日付の検察官に対する供述調書(本文二二丁)にも見られるのである。

即ち、被告人は、「従って、私は、パステルは私の店であり、私が経営者であると考えており、従業員も私を『オーナー』と呼んでいました」(一八頁六行目)、「以上のことからご理解いただけると思いますが、パステルは、私が経営していた店であって、夫の経営でも、私と夫の共同経営でもなく、夫にはパステルの事業を手伝ってもらっていたにすぎず、パステルの事業による所得は、すべて私の所得であり、夫の所得ではありませんでした」(二二頁六行目)と供述しているのである。

(3) 平成八年一二月九日に、四通もの供述調書(五丁、本文八丁、三丁、本文二二丁)が作成されていることからして、相当な取調べがなされたことは容易に推測できることであるが、その取調べの主眼の一つが、パステル福田商店の事業主は誰であるかにあったことも、この点だけ独立の供述調書が作成されていること(五丁)や、供述調書の内容から容易に推測できることである。

3 被告人と金井の夫婦関係

(1) 被告人と金井とは、戸籍上は離婚しているものの、実質的には婚姻状態は継続しており、現在も円満な事実上の夫婦である。

このような偽装離婚ともいうべき行為に至ったのは、金井が経営していた銀宝堂が平成二年四月ころ倒産し、金井がその代表取締役としての責任や銀宝堂の債務の連帯保証人であったために債権者からの追求が予想され、そのような追求が被告人に及ばないようにするためであった。

同時に、この離婚により、金井にとっては、被告人福田世紀という独立の法人格を用いて、債権者の追求を受けない財産を蓄財することが出来ることを意味したものである。

(2) このように被告人と金井とは、実質的には夫婦であるから、他の従業員と同様の雇用契約はなく、月々の給料がいくらであるとか労働時間・有給休暇等の労働条件の定めは一切存在しなかったのである。

金井は、平成六年までは、債権者の差押等を免れるために、税務申告の際は金五〇〇万円弱の給料を被告人が支払っているかのように装っていたが、現実には給料を受領していなかったのであり、そのため本件ではこの部分を修正申告しているのである。

なお、被告人及び金井は、平成七年からは実体に即して事業収益の約半分を各々申告したところ、平成七年分については、国税局から「国税局に挑戦するのか」とクレームがつき、従前どおり金井を無収入にして修正申告した。

4 パステル福田商店の実体

(1) パステル福田商店の経営における被告人と金井の役割

被告人が担当している部分は、婦人服のデザインの考案だけであり、各金融機関との交渉・担保設定・融資条件等の資金繰り、催事販売場を有するデパート等取引先との交渉及び契約、韓国からの婦人服・アクセサリー等の仕入れ、預金・建物賃貸借等の一切の財産管理、パステル福田商店の経理等の経営の根幹に関わる部分は全て金井が担当し、且つその点の意思決定については、被告人は一切関与していないのであり、すべて金井が独断で行なっていたのである。

また、被告人は、本件税務申告などは税務署の調査が入って初めて、金井が何かおかしな処理をしていたことに気がついたくらいで、現在でも具体的な逋脱内容を十分把握していないのである。

(2) 財産管理

金井は、パステル福田商店の収益があがると、全て被告人名義の預金にしており、しかも被告人は、自分名義の預金の存在は知っていたものの、自分自身で自由に処分できるものではなく、金井の意思により処分できるものと認識していた。

それゆえ、預金の出し入れは全て金井が行なっていたのであり、被告人は自ら預金を下ろしたことは一度もないのである。

この状況を、被告人が金井に全権を委ねていたと見ることも可能であるが、端的に金井の預金と考える方が素直である。

実際、被告人は金井から必要な生活費等をもらっていたのであり、被告人名義の預金が存在しても、被告人が自由に処分できる預金は存在していなかったのである。

事業資金の借り入れや担保設定に関しても、被告人は金井に言われて単に署名・押印しただけで、銀行と交渉することは皆無であり、全て金井が交渉し、しかも契約を行なっていたのである。

また、本件の税務調査も、金井が七七回も国税局に通って調査に応じたのに対し、被告人は何も知らないためほとんど調査に応じていないのである。

さらに、修正申告による本税の支払は、金井が預金を解約して行なったのであり、延滞税重加算税の支払計画の立案、約束手形の振出しも、その意思決定は全て金井が行なっており、被告人は一切関与していないのである。

(3) 商才

商才の有無という観点からみると、金井かパステル福田商店に専従する前後の売上を対比してみると、金井には商才があるが、被告人には商才のないことは、明白である。

5 以上の事実から、パステル福田商店の事業主が誰であるかといえば、事業主は金井であり、被告人は傀儡に過ぎないと見ることが自然である。

三 被告人の注意義務違反について

1 以上のように、パステル福田商店の実質的な事業主が金井であるとした場合に、被告人の注意義務違反の問題が生ずるか否か問題となる。

この点、自らの税務申告を全て金井に委ね、一切その内容に注意を向けなかったことは、不注意と言えば言えないことはない。

しかし、常識的あるいは倫理的意味の不注意と、刑事法における注意義務違反を同列に論じることが出来ないことは当然である。

2 まず、被告人の金井選任に対する注意義務についてであるが、既に述べたように被告人は金井を経理担当者として雇用したものではない。

被告人と金井は、夫婦であり、結婚して以来、被告人の税務申告は常に金井が行なってきた。

その申告の実体は、金井はあたかも自らの税務申告のように行なってきたものであり、被告人は、税務申告がどの様になっているかは全く分からないというものであった。

3 また、監督の問題についても、被告人が自ら、仕入れを行ない、給料等の経費を支払い、売上を受領しているのであれば、監督もできるであろうが、被告人が把握していることは、婦人服のデザインだけであり、経理のことは一切関知していないのであるから、被告人が監督しようにも監督するための知識が欠落しているのである。

4 さらに、被告人は、夫である金井を大変信用しており、金井の行なうことに何ら疑問を持ったことはなかったし、金井自身違反行為の前科前歴等もないことから、本件逋脱行為を予見することは極めて困難であった。

5 以上の事情からして、被告人にはそもそも予見可能性がなく、予見可能性のない被告人に選任、監督の注意義務を課すこと自体、無理な話である。

実質的な事業主である金井が処罰されるならともかく、被告人が形式的に事業主であることを理由に処罰されることはいかがなものか。

仮に形式的事業主である被告人が処罰されるとしても、処罰は本人に反省を促す程度の極めて軽微なもので足りるのではないか。

第二 本件逋脱行為の実体

一 国税局或いは検察庁は、被告人を事業主とし、金井を従業者として処理したのであるが、既に述べた如くこれは実体に即した処理ではなく、牽強付会ともいうべき所得税法違反のあてはめである。

二 即ち、パステル福田商店の事業主を金井と評価した場合、金井だけが本件逋脱行為について刑事責任を負うことになるが、金井の財産が皆無である以上徴税効果はなく、国税局にとって望ましい結論ではない。

また、仮に一歩譲って被告人と金井の共同経営とした場合、両名が本件逋脱行為について刑事責任を負うことになるが、本件逋脱金額は半減することになる。

例えば、被告人一人の申告を被告人と金井両名の申告に修正した場合、金井に支払う給料は当然被告人の経費として認められるものであるから、逋脱金額は減ることになる。この場合金井は所得税を支払わなけれならないが、累進税制であるから当然に逋脱金額は減るのである。

ここにおいて、金井が平成七年度所得税申告を行なった際、国税局から「国税局に挑戦するのか」と言われた趣旨が理解できるのである。

例えば、平成四年度の被告人の所得金額は金一億二三九二万九一四九円であるが、これを共同経営の形として折半した場合は、所得金額は金六一九六万四五七四円である。

三 このような実体を離れた処理を行なった理由は不明であるが、国税局にとっては、多く税金がとれる方がよいこと、金井名義の財産が存在しない以上被告人の逋脱行為とせざるを得ないこと等の事情があったと思われる。

第三 本件犯行形態

一 被告人の犯行

1 被告人の犯行としては、金井は夫であり、被告人は夫である金井を全く信用し、その行為に全く関心を払わなかったことにつきるものである。

このことが注意義務違反を構成するとするのであればやむを得ないが、夫婦間の行為について、どのような注意義務違反があるとするのか大いに疑問がある。

2 最高裁判所大法廷判決昭和三二年一一月二七日(刑集第一一巻一二号三一一三頁)は、「入場税法一七条の三の両罰規定は、事業主たる人の代理人、使用人その他の従業者が入場税を逋脱し、又は逋脱せんとした行為に対し、事業主として右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するに必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定と解すべく、したがって事業主において、右に関する注意を尽くしたことの証明がなされないかぎり事業主もまた刑責を免れないとする法意と解するを相当とする」旨判示しているが、本件において事業主である被告人が行為者である金井の選任、監督その他違反行為を防止する注意義務とは何であろうか。

二 金井の犯行

1 金井の生活環境

(1) 昭和三九年一一月ころ東京の新橋に所在した婦人服飾品の輸入等を行なっている藤田商店に入社し、営業を担当し、その頃より各デパート・百貨店を回っていた。その後、昭和五九年六月ころ、金井は藤田商店を退社して独立し、藤田商店の子会社で宝石の販売を業としていた銀宝堂の代表取締役となり、同社を経営するようになった。

(2) 金井は、藤田商店に勤務していた昭和五七年ころから、仕事の傍ら妻である被告人が婦人服の販売業等を経営するパステル福田商店の経理を担当していたが、平成二年四月に銀宝堂が倒産した後は、パステル福田商店の経理や営業の仕事に専念するようになり、現在に至っているものである。

(3) なお、金井は、藤田商店に勤めていたときに知り合った被告人と、昭和五〇年二月一七日に結婚したが、銀宝堂多額の債務を抱えて倒産したので、その債権者の手が妻である被告人の財産に及ばないよう、平成二年四月四日に形式的に離婚したが、実際は夫婦関係は従来と同様であり、同居している。

2 パステル福田商店の経営の実体

(1) パステル福田商店は、昭和五七年ころ世田谷区北沢二丁目一〇番一五号マルシェ下北沢に婦人服や服飾品を販売することを目的に開店されたものである。

パステル福田商店は、平成二年ころまでは、店舗販売を主とし規模も小さかった。

パステル福田商店の実体は、被告人福田が服装のデザインを行ない、金井が、業務の合間に、その経理・資金繰り・営業を行なっていた(乙6、金井の平成八年一二月一〇日付検面調書一、二丁)。

パステル福田商店の事業主は、被告人名義にした。

(2) ところで、金井は、昭和五九年六月ころ藤田商店を退社し、藤田商店の子会社で宝石の販売を業としていた銀宝堂の代表取締役となり、同社を経営するようになったのであるが、右銀宝堂は既に業績が低迷していたうえ藤田商店の妨害にもあって、金井が経営の建て直しを図ったものの業績は好転せず、平成二年四月ころ約五億五〇〇〇万円という多額の債務を負って倒産した。

(3) そこで、金井は、右銀宝堂が倒産したのを契機に、パステル福田商店の経理や営業の仕事に専念するようになった(乙7、金井の平成八年一二月一〇日付検面調書一、二丁)。

以後、金井は、昭和三九年に藤田商店入社以来服装関係の営業を行なって知り合った人脈を利用し、従来のパステル福田商店の取引にはなかった催事販売を手掛け取引先を増やし、パステル福田商店の売上を飛躍的に上げることになったのである。

なお、パステル福田商店が、催事販売を手掛けその売上が向上した後も、デパートや銀行等の取引相手に対する文書などは、従来どおり被告人をパステル福田商店の代表者として表示していたが、金井が、全てパステル福田商店の資金繰りをし、経理・営業を行なっていた実体は変わらず、経営者は金井であった。

2 銀宝堂の経営・負債・倒産・倒産後の処理

(1) 前記のとおり銀宝堂は、平成二年に約五億五〇〇〇万円の負債を抱え倒産した。銀宝堂は、平成二年九月一七日に東京地方裁判所から破産決定を受け、現在も破産管財人の下に手続が進行中である。

金井自身個人保証をし約一億五〇〇〇万円の債務を負担しているが、その返済の目処は立っていない現状である(金井の公判廷の供述)。

(2) 金井は、右銀宝堂の倒産を経験し、また自己も多額な負債を抱え、債権者の厳しく執拗な債権取引てを受け、日夜債務整理に悩みつづけ、何とか自己の借金を返済し、自ら社会復帰を果たしたいと思っていた。

そこで、金井は、パステル福田商店を軌道に乗せて順調に売上が延びてきたので、とにかくお金を残そうと考えた。

また、金井は、銀宝堂の倒産の過程で自分が味わったお金がないことの苦しみを妻である被告人に経験させまいと思い、更には妻の老後の生活の安定を強く考えた(乙9、金井の平成八年一二月一二日付検面調書五二丁)。

(3) このようなことから、金井は、月々のパステル福田商店の売上の中から生じた利益を、その都度被告人名義の定期預金にしてお金を残していった。

また、パステル福田商店の経営者の名義が被告人であったので、パステル福田商店に対する金井の債権者からの取立てを免れることができたし、金井は、妻である被告人と離婚をし、自己の債権の取立てが被告人に及ばないよう手筈をしたのである。

3 本件犯行態様について

(1)<1> 金井は、前記のとおり月々に残したお金を貯めていったのであるが、税金申告の時期になってパステル福田商店の収支を計算してみると、多額の税金を支払わなければならないことに気が付いた。

そして、金井は、自己の借金のこと、妻にお金を残す思いがあったので、税金関係に詳しい知人を通し、利益率から税額を割り出す方法を聞き、売上から利益率を出し、経費を算出して、税金額を出すことにした(乙9、金井の平成八年一二月一二日付検面調書一七、一八丁)。

<2> この逋脱行為は、税務署が調査に来て帳簿・領収書等の計算書類を検討すれば、直ちに発覚するものである。

あまりにも幼稚な逋脱行為であって、この点原審は巧妙且つ計画的なものであるとしているが、利益を預金通帳に残すなどは、計画性があったとは到底思えないのであって、この点において、原審の判断には誤りがある。

なるほど金額は多額であり逋脱率も高率であるかも知れないが、利益を隠匿することはなかったし、前記のとおり簡単な検討により逋脱行為が発覚しており、しかも税務署の調査に全面的に協力していることからして、悪質な行為とは言えないものである。

<3> 確かに、原審の言うとおり申告書の利益率から調査が入らなければ、本件逋脱は成功したかも知れないが、収入が少ないのに高額の預金を持っていれば当然不信に思われるのであり、本件行為は頭隠して尻隠さずの状況にあり、やはり巧妙且つ計画的であるとはいえないのである。

(2)<1> 金井は、当然悪いこととは認識していたのであるが、平成二年に銀宝堂が倒産をして以来周囲の状況が変わっていなかったので、何とか財産を残すことを優先してしまったのである。

金井が、経済的に困難な状況に陥っていなかったら、このような脱税をすることはなかったのである。

その目的とするところは、迷惑をかけた債権者への返済であり、出来れば妻の老後を安定させたいという夫としての愛情であった(乙9、金井の平成八年一二月一二日付検面調書五二丁)。

<2> 原審は、このような動機は検討斟酌するに値しないものであると判断しているが、夫が妻を思う気持ちをこのように簡単に切り捨てる判断は、非人道的ともいえる。

(3) 加えて杜撰な処理によるところもあったが、これらは金井の故意に基づくものではなく、過失による逋脱行為といえる。

原審が全てを故意による巧妙且つ計画的なものと判断したのは、本件逋脱行為の実体を十分に検討していない現れである。

主な項目について検討すると次のとおりであるが、中には処理の仕方が分からないため杜撰な処理がなされているものもあるが、これは金井がパステル福田商店に専従する以前の小規模な営業の際に取られていた税務処理であって、急激な営業成績の向上であったために、そのまま惰性で処理されたものであった。

<1> 売上金額について

平成四年が約一六〇〇万円の過大計上、平成六年が約三七〇万円の過大計上であり、平成五年は約一五〇〇万円の過小計上となっている(甲1、大蔵事務官垂水毅平成八年六月二七日作成の売上金額調査書二丁)。

平成四年から六年までの通年では、結局平均化されており、現実に売上年度に支払われないものもあるとはいえ、正確な処理をしなかったものである。

<2> 給料賃金について

金井は、給料収入があると自己の債権者から差し押さえを受けると考えて、本来は三〇〇〇万円程度の給料の支払いを受けるべきところを対外的には無収入とし、税金の申告では約五〇〇万円を金井への給料支給分として計上したものである(甲6、大蔵事務官垂水毅平成八年六月二七日作成の給料賃金調査書三丁。甲7、検察事務官島田祐治平成八年一二月九日作成に捜査報告書)。

なお、極めて不思議なことに、金井は、平成七年度の所得税の申告において、本来受け取るべき三〇〇〇万円の給与所得を申告したのであるが(弁一三、金井徳次郎の平成七年度確定申告書)、国税局から従来給与所得のなかったものが急に三〇〇〇万円の給与所得を申告されると困ると言われ、給与所得〇円に更正した(弁一四、金井徳次郎の平成七年度所得税の更正通知書。金井の公判廷の供述)。

これは、金井の給与所得ではなくパステル福田商店の経費とすることによって、一番多く税金がとれる形で国税が処理したものであり、被告人金井は、国税局の言うとおりに受け入れたのである。

<3> 旅費交通費、出張費について

出張費については、平成四、五年ともそれぞれ約一五〇〇万円過大計上されている(甲18、大蔵事務官垂水毅平成八年六月二七日作成の出張費調査書三丁。甲19、検察事務官島田祐治平成八年一二月九日作成に捜査報告書)。

ところが、旅費交通費については、各年度とも過小計上である上、元々出費経費としてはあまりにも少額である(甲16、大蔵事務官垂水毅平成八年六月二七日作成の旅費交通費調査書。甲17、検察事務官島田祐治平成八年一二月九日作成の捜査報告書)。

したがって、この点、出張費と旅費交通費が明確に区別されずに、杜撰な処理もなされたものである。

<4> なお、雑収入、地代家賃、利子割引料等消費税の処理が杜撰であるのが目立っており、経費として計上するべきものが挙げられていないなど、消費税の処理の仕方が分からないまま計上、申告したものであった(金井の公判廷の供述)。

第四 その他の情状

一 国税局の調査

1 金井は、本件脱税が発覚して以来平成七年一〇月一二日から平成八年七月一〇日までの約一〇か月間、大手町の国税局に赴き積極的に調査に協力し、その出頭した回数は実に七七回にも及んだのである。

右調査は、朝一〇時半から始まり、昼に休憩時間として一時間半を割いたもののそれ以外は一切休憩も取らず、また夕食も取らずに、夜一一時ころまで続けられた(金井の公判廷の供述)。

2 なお、金井に対する本件事件に関する国税局の調査の際に、担当調査官である市川主査、垂水大蔵事務官及び鮎川統括事務官等から、「本件は刑事事件にはならないよ。検察庁とすり合わせをしている。大丈夫だよ。」と言われた。

したがって、金井は、国税局の言うがままに修正をしたのである(金井の公判廷の供述)。

3(1) 刑事手続における適正手続

ところで、最高裁判所第二小法廷判決昭和四一年七月一日刑集二〇巻六号五三七頁は、いわゆる約束に自白の証拠能力について「自白をすれば起訴猶予にする旨の検察官のことばを信じた被疑者が、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものと解するのが相当である。」旨判示し、大阪高等裁判所判決昭和四一年一一月二八日判例時報第四七六号六三頁は「前記警察官の発言は、被疑者らに早期釈放ないし減刑の利益を約束して、供述を要求したものというほかなく、従って、もし右利益の約束の履行を期待して供述した者があったとすれば、その者の供述は任意性ないし特信性に疑いあるものと解するのが相当である。」旨判示している。

さらに、偽計による自白に関してであるが、最高裁判所大法廷判決昭和四五年一一月二五日判例時報第六一三号一八頁は「もしも偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項の規定に違反し、ひいては憲法三八条二項にも違反するものといわなければならない。」旨判示している。

以上のような利益誘導による自白は、任意性に疑いあるとして、証拠能力が否定されているのである。

(2) 行政手続における適正手続

国税局の調査は行政手続であるが、行政手続にも刑事手続における適正手続の保障が及ぶことは判例通説であり、本件国税局の調査も、同様に評価することができるものである。

即ち金井は、「刑事事件にならない。検察庁とすり合わせをしている。大丈夫だよ。」と言われたからこそ、七七回にもわたって国税局の調査に協力し、しかも国税局の言うとおりの修正申告書を作成したのである。

まさに、金井は、国税局調査官の利益誘導に基づき自白を強いられたのであり、その調査は憲法三八条二項ひいては同三一条の適正手続保障を侵害する疑いがあるものである。

この点について全く配慮していない原審には、法令適用の誤りがあるともいえるものである。

二 修正申告、本税・加算税・延滞税の支払

1 金井は被告人の本件脱税額について、平成八年六月一四日に平成四年度乃至六年度の修正申告をし(弁一、平成四年度修正申告書。弁三、平成五年度修正申告書。弁五、平成六年度修正申告書)、平成八年六月一七日に平成四年度乃至六年度の修正申告に基づく各年度の本税合計金一億四九一三万〇一〇〇円の支払いをした(弁二、平成四年度修正申告納付書・領収書。弁四、平成五年度修正申告納付書・領収書。弁六平成六年度修正申告納付書・領収書)。

2 そして、平成四年度乃至六年度の加算税計五二一九万二〇〇〇円及び同延滞税計二六二五万二三〇〇円の合計金七八四四万四三〇〇円については、金井が、平成九年七月から平成一〇年五月までの手形支払の国税分割納付計画を立て、平成九年六月一二日に右計画書を国税局に呈示し文書収受を受けた(弁一一、国税分割納付計画)。

そして、金井は、国税局に対し、平成九年六月一八日に、右計画書に基づき額面合計金七八四四万四三〇〇円の手形一一通を納付した(弁九、納付受託証書。弁一〇、約束手形)。

3 このように、本件によって脱税した金額は、支払った。

手形納付分については、金井が今後一層営業に努力をし、パステル福田商店の売り上げの中から着実に支払いを実現して行く予定である。

三 社会的制裁

1 本件事件の新聞報道

本件脱税事件は、平成八年一二月一三日に起訴されたのであるが、平成八年一二月一四日の朝日新聞夕刊において、「一億四二〇〇万円脱税の疑い-婦人服業者を起訴」との見出しで報道され(弁一二、平成八年一二月一四日付朝日新聞夕刊記事)、その他サンケイ新聞にも報道された(金井の公判廷の供述)。

右報道と同時に、婦人服の同業者から、本件事件の報道記事を拡大コピーしたものが取引関係のある全てのデパートに誹謗を添えて持参され、パステル福田商店の脱税事件が、業者間、デパートの知るところとなった。

2 取引の一斉停止

右新聞報道及び同業者の吹聴によって、パステル福田商店は、取引関係にあったデパートから一旦全てが取引停止になりデパートから商品の引き上げを求められ、資金繰りに窮したうえ、売上が激減し、営業が成り立たなくなった。

平成九年一月ころは、被告人及び金井は、真剣に、パステル福田商店の経営が行き詰まり、閉鎖も余儀なくされるのではないかと悩んだが、このまま再倒産するのは何としても避けたく、とにかく歯を食いしばって、従来取引のあったデパートに対し、何度も謝罪と取引の再開のお願いに足を運んだのである。

その後徐々に取引が再開されたものの、パステル福田商店の催事販売の約六割五分を占めていた三越からは平成九年三月まで取引が停止され、やっと取引が再開されつつあるが、今後一層の努力を要する状況にある。

金井は、現在も日々デパートを回り取引再開に向けて努力をしている。

3 このように、パステル福田商店は、本件脱税事件の報道により、一時は全てのデパートの取引が停止され、資金繰り・経営に窮し、廃業をも考えざるをえないほどの十分な社会的制裁を受けている。

これ以上の制裁を受ければ、パステル福田商店は必然的に倒産になってしまう。

四 前科前歴

被告人には、犯罪の前科前歴はない。

五 被告人の将来

1 被告人及び金井が本件脱税によって得た利益は何らなく、むしろ赤字になっており、社会の信用を失ったという大きな不利益を被ったものである。

被告人及び金井は、本件脱税事件によって、経済的にも社会的にも多くの教訓を受け、今後二度と脱税はしないと深く反省している。

そして、すでに平成七年以降は税務処理を全て税理士に委ねている。

2 また、被告人は、パステル福田商店について、平成七年以降計算書、伝票等全ての書類を税理士に渡し、税務処理を委ねている(弁七、平成七年度確定申告書。弁八、平成八年度確定申告書)。

第五 第一審判決後の情状

一 被告人は、本件脱税の加算税・延滞税の支払につき支払計画を立て、平成九年六月一二日に東京国税局に提出した国税分割納付計画書(弁第一一号証)に基づき、平成九年六月一八日に東京国税局に一一通の約束手形(弁第一〇号証)を差し入れ、右加算税・延滞税の支払を了した(弁第九号証)。

そして、右東京国税局に納付した約束手形のうちの、第一回目の支払である額面一〇〇万円、支払期日平成九年七月三一日の約束手形(番号AE二二五一一〇)に基づき、平成九年七月三一日に金一〇〇万円を東京国税局に支払った(弁第一六号証 平成九年八月二六日付上申書)。

二 被告人は、平成九年八月二六日の第一審判決後、右東京国税局に納付した約束手形のうちの、第二回目の支払である額面金額一〇〇万円、支払期日平成九年九月一日の約束手形(番号AE二二五一一一)に基づき、平成九年九月一日に金一〇〇万円を東京国税局に支払った(弁第一七号証 平成九年一一月一〇日付上申書。弁第一八号証 納付書・領収証書)。

同様に、右東京国税局に納付した約束手形のうちの、第三回目の支払日である額面一〇〇万円、支払期日平成九年九月三〇日の約束手形(番号AE二二五一一二)、第四回目の支払である額面一〇〇万円、支払期日平成九年一〇月三一日の約束手形(番号AE二二五一一三)に基づき、それぞれ平成九年九月三〇日、平成九年一〇月三一日、に各金一〇〇万円を東京国税局に支払った(弁第一七号証 平成九年一一月一〇日付上申書。弁第一九、二〇号証 納付書・領収証書)。

三 残りの約束手形の支払期日及び額面金額は次のとおりである。

支払回数 支払期日 額面金額 手形番号

五回目 平成九年一二月一日 金 一〇〇万円 番号AE二二五一一四

六回目 平成九年一二月三一日 金 一〇〇万円 番号AE二二五一一五

七回目 平成一〇年二月二日 金 九〇〇万円 番号AE二二五一一六

八回目 平成一〇年三月二日 金 一五〇〇万円 番号AE二二五一一七

九回目 平成一〇年三月三一日 金 一五〇〇万円 番号AE二二五一一八

一〇回目 平成一〇年四月三〇日 金 一五〇〇万円 番号AE二二五一一九

一一回目 平成一〇年六月一日 金 一八四四万四三〇〇円 番号AE二二五一二〇

四 被告人は、右残りの約束手形についても、同様に、順次各支払期日に東京国税局に対して右各金員を支払う所存である。

第六 パステル福田商店の平成九年九月以降の経営状況

一 パステル福田商店の平成九年九月以降現在までの経営状況については、デパート業界及び服装品販売業界の売上が低迷しているのに準じ、本件事件以前の各月平均売上より約一五パーセント前後減少している。

被告人は、経費を節減して利益の減少の埋め合わせをしているが、各月売上の減少が二五パーセントに達するとなると、経営の破綻を来すおそれがある。

被告人としては、今後は事業を縮小傾向にして利益を得るよう努力し、その利益を税金の支払いに充てる所存である。

二 パステル福田商店の主たる営業であるデパートでの催事販売業務については、本件事件によって一旦デパートとの取引は全て取りやめとなったものの、現在は事件以前の取引の約七〇パーセント程度に回復した。

今後の努力次第では、デパートでの催事販売業務も一〇〇パーセントの回復は不可能ではないと考えるが、たとえ取引が一〇〇パーセント回復したとしても、デパート業界及び服装品販売業界の低迷のため売上の一〇〇パーセントの回復は困難と思われる。

第七 処罰の均衡性

一 被告人は本件事件以外に、国税である所得税、源泉徴収税等に少なくとも四九七九万七三六八円、都税である住民税に約五七〇〇万円、区税である事業税に約一八〇〇万円の総額一億二四七九万七三六八円を負担しなければならないことになっており、支払計画は現在交渉中であるが、目処は立っていない。

そこで、平成八年度のパステル福田商店の売上を前提として、これらの税金を完済するには何年かかるかを試算すると、一〇年余り必要となる。

当然ながらその間毎年の各税務申告をしなければならない。

さらに、被告人が罰金三二〇〇万円の支払いを負担することになれば、支払い不能になる可能性が高い。

二 この点、実質的な事業主である金井は、懲役刑ではあるものの執行猶予付である。

一方形式的事業主である被告人は、罰金三二〇〇万円が支払われない場合は一六〇日間労役場に留置されることになる。

これは、実体とかけ離れた処罰と言えるでのはなかろうか。

第八 まとめ

以上第一乃至八に述べた、被告人の事業主性、被告人の注意義務違反の程度、本件逋脱行為の実体、本件犯行形態、その他の情状、第一審判決後の情状、パステル福田商店の経営状況、処罰の均衡性等の各情状を考慮すると、第一審判決には量刑不当等の違法がある。

以上

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